4. ブレインフードとしての大豆ペプチド
健康で長生きするために、脳の機能を健全に保つことは重要です。近年の研究で、食品成分が脳の機能に影響を及ぼすことが明らかになり、脳機能を改善する食品を総称して、プレインフードと呼ばれています。近年の研究で、ブレインフードとしての大豆ペプチドの機能性が明らかにされてきました。
大豆ペプチド摂取による脳神経保護作用
(本研究は日本農芸化学学会2014年度大会でトピックス賞を受賞しました)
わが国では、諸外国に例をみないスピードで高齢化が進んでいます。老化に伴う認知機能の低下には、遺伝的要因だけでなく食事や運動など日常の生活習慣が大きく関与しています。食事構成を認知症リスクの関連を調査した研究では、大豆及び大豆製品の摂取が認知症の発症リスクを軽減させることを明らかにしました 1)。
大豆ペプチド摂取による脳神経保護効果については、短寿命で学習記憶障害を発症する老化促進マウスSAMP8を用いて検討されています 2)。また、コントロールとして正常老化を示すSAMR1マウスが用いられました。正常なマウスの寿命は2-3年ですが、SAMP8はその半分程度と言われています。なお、標準的な飼料中のタンパク源の半分を大豆ペプチドに置換え、26週間飼育しました。モリス水迷路により空間学習記憶能力に及ぼす影響を評価したところ、ゴールに到達する時間が大豆ペプチド群で短くなりました。また、ゴールを外して試験を行った場合、ゴールのあった付近に滞在する時間が長くなりました(図1)。これらの結果から大豆ペプチド摂取による老化に伴う記憶学習能力の低下抑制効果が確認されました。また、脳内の遺伝子発現を解析したところ、大豆ペプチド摂取により神経栄養因子であるNGF、BDNF、NT-3の上昇が確認されました(図2)。神経栄養因子は細胞内シグナル伝達を活性化し、神経細胞の生存・分化、神経突起形成などの調節作用を有することが報告されています。
図1 モリス水迷路結果

参考文献2より抜粋。
*P <0.05
図2 脳由来神経栄養因子の遺伝子発現

参考文献2より抜粋。
NGF:Nerve growth factor BDNF:Brain-derived neurotrophic factor NT-3:Neurotrophin 3 *P <0.05
以上の結果より、大豆ペプチドの摂取は神経栄養因子の発現を上昇させることで、老化に伴う認知機能の低下を抑制することが示唆されました(図3)。また、大豆ペプチドの摂取により、神経伝達物質やその受容体機能の促進効果を持つ神経調節性アミノ酸が増加すること、さらに脳損傷からの回復を促進するアミノ酸が脳内で増加することも報告されており、脳機能改善について、少なくとも大豆ペプチドの易吸収性がその一因を担っているものと推測されます(図4) 3)。
図3 大豆ペプチドの脳神経保護作用

図4 大豆ペプチドの摂取により脳内で増加するアミノ酸

参考文献3より。
大豆ペプチド摂取による認知症予防の可能性
図5 物忘れのいろいろ

多くの場合、加齢と共に認知機能は低下します。自覚的・他覚的記憶低下を有しながら、特に日常生活に支障のない患者は、しばしば軽度認知機能障害(Mild Cognitive Impairment, MCI)と診断されます 4)。MCIは、加齢による認知機能低下から認知症への遷移状態と考えられています(図5)。MCI患者は認知症へと進行していくので、多くの研究は、MCIの症状を有する被験者を対象に認知症予防もしくは認知症進行の遅延に焦点を当てています。大豆ペプチド摂取による認知症予防効果については、自覚的・他覚的物忘れを有する初老の被験者(50歳以上70歳以下)を対象にアーバンス神経心理テストを用いて検証されました。アーバンス神経心理テストは、12の下位検査から5つの認知領域、すなわち即時記憶、遅延記憶、視空間・構成、言語、注意について検査するものであります 5)。
本試験は、プラセボを対象にした二重盲検並行群間試験にて行われ、被験品摂取前と摂取終了後にアーバンステストが行われました。試験期間中、被験者は8週間にわたり大豆ペプチドまたはプラセボを含む飲料を摂取しました。結果的に、プラセボ群との比較で、遅延記憶と即時記憶について改善効果が確認され、大豆ペプチドの摂取によりMCIの症状を有する被験者の記憶力を顕著に改善し、認知症に対する予防効果が示唆されました(図6) 6)。
図6 アーバンス神経心理テスト(5認知領域)の評価点の推移

参考文献6より抜粋。
各評価点の初期値に対する変化率として示す。*P < 0.05
若年者の脳機能に対する大豆ペプチドの効果
大豆ペプチドの2週間の連続摂取により、健常な若年者(年齢 20-22歳)の高次脳機能に与える影響を検証したところ、主に記憶機能、集中力に対する改善効果が報告されています 7)。計算課題(一桁の足し算の繰り返し)において、大豆ペプチドを摂取した群で正答率が向上したことから、長時間の単純な認知的作業に対しても集中力を切らさずに、適切に情報を処理する機能が保たれやすくなるという可能性が考えられました(図7)。また、言語の再認記憶テスト(Recognition Memory Test for Words)においても、大豆ペプチド摂取によって特に、見ていない単語を正しく「新しい」と判断する成績が向上し、見ていない単語に対して誤って「見た」と判断してしまう割合が減少する効果が確認されました(図8)。
図7 計算課題結果

参考文献7より抜粋。
計算課題は内田クレペリンテストにより実施した。
正答率=(作業量合計-誤答合計)/作業量合計
図8 言語の再認記憶テスト結果

参考文献7より抜粋。
方法:単語の記憶を検査する旨を教示した後、50の日本語の漢字二字単語をコンピュータモニタに視覚呈示し、「好ましい」か「好ましくない」かの二者択一の主観判断を被験者に行わせる。その直後に、先程呈示した50単語に新たに別の日本語漢字二字単語を50単語追加してランダムな順番でコンピュータモニタに視覚呈示し、「見たか」、「見なかったか」をその記憶の確信度も含めて回答させた。
このことは、内田クレペリン検査の結果とも一致して、新しい情報を次々と適切に処理してゆく機能の維持に大豆ペプチド摂取が肯定的に働きかけるという効果を示唆します。このような効果はVASアンケートの結果にも表れており、精神的な側面からも大豆ペプチド摂取がやる気や情報処理効率の維持に良い影響を与えていることが分かりました(図9)。
図9 主観的状態変化

参考文献7より抜粋(一部改編)。
VAS試験の評価方法は、摂取前(0週)のVASの変化量(試験終了後-試験開始前)と2週後のVAS変化量について群内で評価した。摂取前(0週)の変化量から摂取後(2週)の変化量を引いたもので、プラス方向であれば、状態が改善されたことを示す。
*P <0.1、**P <0.05、***P <0.01
結論として、大豆ペプチドには、脳機能のある側面に良い影響をもたらす効果があることが示されました。大豆ペプチドの摂取は、多数の新しい情報を長時間に渡って確信をもって適切に処理し続ける機能を保つことに特に効果を有するものと考えられます。このことは単に情報処理効率を保つということだけでなく、やる気の維持や自信の向上、新しい状況への素早く柔軟な対応など、日常の仕事や学業の成績向上につながる様々な精神的効能をも期待させるものです。
参考文献
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Katayama S., Imai R., Sugiyama H., Nakamura S.: Oral administration of soy peptides suppresses cognitive decline by induction of neurotrophic factors in SAMP8 mice. J. Agric. Food Chem. 62, 3563-3569 (2014).
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